fc2ブログ
 
■プロフィール

Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

■リンクのご案内

◆Capetonianな暮らし

Facebookページ

Capetonianな暮らし - にほんブログ村


他にもブログ書いてます。

◆南アフリカのオリーブ


Facebookページ


応援よろしくお願いします。

■カテゴリ
■検索フォーム

■最新コメント

■ご意見・お問合せ

名前:
メール:
件名:
本文:

■ブログ村 旅行ブログ

ケープ半島 ⑧
◆フィッシュフック(Fish Hoek)

●ドライタウン(Dry Town)

1818年、フィッシュフック地区の土地は、当時のケープ植民地総督チャールズ・サマセット(Charles Somerset)からアンドリーズ・ブルーインズ(Andries Bruins)のいう人に付与されました。
土地を付与する際の条件の一つとして、その所有権証書の中に、「酒場を営業しないことを条件に(Onder deze expresse conditis dat hy aldaar geen tapneering zal mogen drijven)」という条件が書かれていました。(英語で「Under this express condition that he will not be allowed to drive tapneering there」)

理由は、その当時、ケープタウンの町からサイモンズタウンに物資(食糧)を運搬するために、陸路(馬車/牛車)を使って行き来していましたが(当時はまだ鉄道はなかった)、道中に酒場があると、その馬車(牛車)の御者が酒を飲むために立ち寄って到着が遅れるのを防ぐためだったといわれています。

この証書はオランダ語で書かれており、この条件の翻訳(解釈)について、現代でも未だに議論がありますが、その当時からこの「酒を提供しない」という条件を守り、200年あまりお酒のないドライな町(Dry Town)として守り続けられてきました。
また、この町に住む人たちもドライタウンであることに誇りを持っていて、1920年代に入ってホテル等から酒の提供を望む声が上がったときには、認可されることはありませんでした。(1970年代になって、やっとホテルやレストラン等での酒の提供が許可された)

2017年、大手のスーパーマーケットがフィッシュフックでの酒の販売免許の申請があったときも住民から反発が起き、裁判にまで発展しました。
最終的にスーパーマーケットでの販売が認可され、現在はスーパーマーケット系列の酒販店がフィッシュフックにオープンし、ドライタウンは過去のものになってしまいました。

Fish Hoekの酒屋のサイン Fish Hoekの酒屋
※メイン・ロード沿いの酒屋のサインとショッピングモール内の酒屋

喜望峰やペンギンコロニーに行かれる途中、フィッシュフックの町を通過しますが、写真のような酒屋の看板やサインが道路沿いのショッピングセンタにあるので見つけてみてください。



スポンサーサイト





にほんブログ村 旅行ブログへ

テーマ:南アフリカ - ジャンル:海外情報

ケープ半島 | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する