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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

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コンスタンシア(Constantia) ③
◆コンスタンシア・ワイン
1700年代終わりにコンスタンシアという名前をヨーロッパに広めたのは、甘いデザートワインでした。

当時のヨーロッパ、とくに王侯貴族の間でもてはやされ、プロセイン、イギリス、フランス王室などで飲まれていました。
フランス皇帝だったナポレオン・ボナパルト(1769年8月15日~1821年5月5日)も流刑地セントヘレナ島で過ごした5年半(1815年10月17日~死去)、わざわざこのコンスタンシア・ワインを取り寄せて飲んでいたといわれています。

また、ジェーン・オースティンの「分別と多感」(Sense and Sensibility:1811年)、シャルル・ボードレールの「悪の華」(Les fleurs du mal:1857年)、チャールズ・ディケンズの「エドウィン・ドルードの謎」(The Mystery of Edwin Drood:1870年)、ジョリス=カルル・ユイスマンスの「さかしま」(A rebours:1884年)といった当時の小説などにも登場するほど特別な存在でした。

シモン・ファンデルステル(Simon van del Stel)の時代に造り始められたコンスタンシア・ワインは、彼の土地を購入したコリン家(Colijns)やクローテ家(Cloetes)らによって引き継がれていきましたが、1800年代の終わりにフィロキセラ(害虫)によってブドウの木が大きな被害を受けたことで途絶えることとなりました。

1980年、現在のクレイン・コンスタンシア(1712年当時のクレイン・コンスタンシアとは別な場所)を購入したダギー・ヨーステ(Duggie Jooste)は、シモン・ファンデルステルがワイン生産を始めた頃のブドウの木を探し出して栽培し、記録をもとにかつての製法をできる限り忠実に再現してコンスタンシア・ワインの復活を試みました。
1986年に初めてブドウが収穫され、1990年より「ヴァン・ド・コンスタンス(Vin de Constance)」という名前で甘いコンスタンシア・ワインの販売を始めました。

その後、2003 年にグルート・ コンスタンシア(Groot Constantia)というワイナリから「グランド・コンスタンス(Grand Constance)」という名前で、2007 年にバイテンフェルワハティング(Buitenverwachting)というワイナリから「1769」という名前でコンスタンシア・ワインを販売し始めました。


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テーマ:南アフリカ - ジャンル:海外情報

コンスタンシア | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
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