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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

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Castle of Good Hope ④
◆日本との関わり

オランダの東インド会社一行が貿易船の食糧補給基地を作るためにケープタウンに到着したのは1652年4月5日。
その時の司令官はヤンファンリーベック(Jan van Riebeek)でした。

実はそのヤンファンリーベック(Jan van Riebeek)は、ケープタウンに来る前にオランダ東インド会社の船医としてインドネシアのバタヴィア(ジャカルタ)に派遣され、その後、オランダ東インド会社の社員(商館員)となって、1643年から1644年まで日本の長崎出島(商館)にいました。

1648年に一旦オランダに帰国し、食糧補給基地を作る指令を受けてケープタウンにやってきました。

オランダ東インド会社は、バタヴィアをアジアの拠点にしてヨーロッパとの間で交易していましたが、日本が鎖国(1641年)した後も継続して日本と交易をしていました。

その交易品は、
日本からは銀銅などの貴金属や樟脳、磁器、漆器、醤油、浮世絵などの美術品が輸出され、
日本には絹、織物(羊毛、綿)、毛皮、砂糖、香水、医薬品、書籍(医学書や科学、兵法)
が輸入されていました。


キャッスルに初めて行ったとき、交易品の一つだった伊万里の磁器を陶芸展示室やウィリアムフェール コレクションで展示されているのを見つけました。

子供のころに習った歴史や資料を読んで、ケープタウンを経由して日本とヨーロッパの間で人や物が行き来していたことは頭の中では理解していましたが、その当時、飛行機や近代的な船でなく、帆船ではるばるここまで運ばれてきた伊万里の実物を見つけて、300年以上前からすでにこの地と日本がつながっていて、危険や苦労を乗り越えながら人と物が行き来していたんだなという実感が湧き、驚きと同時に運命的なものを感じました。


********************
◆Castle of Good Hope 基本情報(2019年11月現在)

●開館日: クリスマス(12月25日)と正月(1月1日)を除いた毎日
●開館時間: 9:00~17:00
●入場料: R50(入口で購入)
※ クレジットカード(MasterかVISA)が利用できます。
●webサイト: https://castleofgoodhope.co.za/

※ キャッスル内を観光する場合、できれば3時間、少なくとも2時間は確保しておくとよいです。
※ 駐車場を利用する場合、Leerdam稜堡とOranje稜堡の間の駐車場をご利用ください。(入口ゲート前の駐車場は利用できません)
********************

<場所>
現在のキャッスル位置
(引用 ※06)

<案内図>
キャッスル案内図
(引用 ※08)


引用元:
※06 Bing Map
※08  The Castle of Good Hope(GATEWAY GUIDES リーフレット)



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テーマ:南アフリカ - ジャンル:海外情報

キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
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