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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

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ホウトベイ(Hout Bay) ①
Hout Bay全景

ホウトベイ(Hout Bay)は、ケープタウン中心から20kmほど南へ下った大西洋に面した湾です。
港からオットセイのコロニーがある島(岩)までの観光船が出ていて、ケープ半島を観光するツアーに組み込まれていることがあります。


ホウトベイ(Hout Bay)とは、木(木材)を表すオランダ語(Hout)から付けられた名前です。
ケープには珍しく、かつてここには背の高い木が生い茂る森林が広がっていました。

ケープはケープ植物区系界に属し、ほとんどがFynbosという低木(Bush)しか生えていません。
しかし、ここにはスティンクウッド(Stinkwood)やイエローウッド(Real yellowwood:南アフリカの国の木)といった大型の木が育ち、大きな森を構成していました。

オランダ東インド会社がケープ(テーブル湾)に食料補給基地を置いた頃、建物の建設や船の建設/修理などの材料として、ここの森から木材が運ばれていきました。
しかし一世紀も経たないうちに木のほとんどが伐採され無くなってしまったとのことです。

ヨーロッパからケープに移住したフリーバーガーがホウトベイ地区に初めて移り住んだのが1681年で、伐採された森の跡地で小麦の栽培や牛の飼育を行なっていました。

※ フリーバーガー(Free Burgher) : オランダ東インド会社の社員でない白人の自由市民のこと。オランダ東インド会社の社員としてケープに移住し、任期が切れた後も引き続きケープに留まって農業などで生計を立てていました。のちに最初から自由市民としてケープに移住してきた人もいました。



また、この湾周辺の遺跡から石や骨を加工して作った漁具などが見つかっており、先住民(Khoekhoe人/San人)の時代からこの地で漁が行われていたこともわかっています。

漁船 Hout Bay

1800年代に入ると港に水産加工工場ができてホウトベイで商業漁業が始まりました。
第二次世界大戦が終わると主要な漁業会社が合併し、近代的な設備を持った水産缶詰工場ができ、急速に漁業が発展しましたが、乱獲の影響で1900年代終わりにはほとんどが閉鎖され、現在は輸出用にイセエビとスヌーク(Snoek)の漁とレジャーフィッシングが残っています。


今回から、かつては豊かな森があり、漁業が盛んであったこの港町について紹介していきます。


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テーマ:南アフリカ - ジャンル:海外情報

ホウトベイ | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
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