FC2ブログ
 
■プロフィール

Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、ウルトラライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

■リンクのご案内

◆Capetonianな暮らし

Facebookページ


他にもブログ書いてます。

◆南アフリカのオリーブ


Facebookページ


応援よろしくお願いします。

■カテゴリ
■検索フォーム

■最新コメント

■ご意見・お問合せ

名前:
メール:
件名:
本文:

ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ②
◆ケープとイスラム教

●シェイク・ユースフ

ケープに最初に入植したのは、オランダの東インド会社でした。ですから彼らの多くはプロテスタント(オランダ改革派教会)でした。
現在のケープにはいろいろな宗教徒がいますが、プロテスタントが一番多いです。

ケープでイスラム教が広まったのは、シェイク・ユースフ(Sheikh Yusuf)という人がケープに連れてこられたことがきっかけでした。
シェイク・ユースフは1626年にインドネシア・スラウェシ島のマカッサル(Makassar)で生まれました。
1644年、彼はメッカに巡礼し、アラビアでイスラム教を学びました。
その後、生まれ故郷に戻ろうとしましたが、オランダ東インド会社に占領されていたため、ジャワ島のバンテン王国に身を寄せました。

シェイク・ユースフの切手
(引用 ※03)

時代が流れ、バタビア(今のジャカルタ:バンテンの隣)に拠点を置いたオランダ東インド会社と争いが起き、シェイク・ユースフは捕らえられてしまいました。(1684年)
初めはバタビアのオランダ東インド会社の城で投獄されていましたが、のちにセイロン(スリランカ)、最終的にケープに追放されました。(1694年)

ケープには家族と従者含めて49名が連れてこられ、ザントフリット(Zandvliet:現在のMakassar)という地区に収容されました。

ザントフリットはケープの中心からは離れていましたが、奴隷たちが聞きつけ、脱走した奴隷たちの避難所になり、またイスラム教のメッセージがここからケープの奴隷コミュニティに伝えられていきました。

シェイク・ユースフは1699年にザントフリットで亡くなり、そこでイスラム教の聖人として埋葬されクラマット(Kramat)が建てられました。
また、ザントフリット(Zandvliet)という地名は、彼の生まれ故郷であるマカッサル(Makassar)という地名に変わりました。

※ クラマット(Kramat)は、イスラム教の聖人を祭る墓で、日本で言うと実在した天皇や武将を祭った神社のようなところです。
※ マカッサル(Makassar)のクラマットを訪問する場合は、専門のツアーに参加してください。個人での訪問は避けたほうがいいです。

●トゥアン・グル

1780年、インドネシアのティドレ島の王子であり、イスラム教聖職者だったアブドラ・カディ・アブドゥス・サラーム(Abdullah Kadi Abdus Salaam)が政治犯としてケープに追放され、ロベン島に投獄されました。

刑期を終えてロベン島から解放された彼は、ケープに残りイスラム教学校を開こうと考えていました。
彼はボ・カープ地区の当時倉庫だった場所(現在のオーワルモスク:Auwal Mosque)を借り上げ、宗教学校を設立しました。
また、ケープに連れてこられた際、コーラン(イスラム教の聖典)などの書物の所持を許されなかったため、ロベン島に投獄されていた間に記憶を頼りにコーランやイスラム法などの本を書き起こしていました。

その当時はオランダ東インド会社が統治していてイスラム教は認められていませんでしたが、彼らの働きによって認められ、そこでイスラム教の教えやアラビア語の読み書きを教えました。
(彼は、Tuan Guru:トゥアン先生と呼ばれていました)

彼の活動によって、奴隷や奴隷から解放された黒人たちにもイスラム教が広がり、ボ・カープ地区にイスラム教徒が増えていきました。

Auwal Mosque _ Bo-Kaap

1795年からの最初のイギリスのケープ占領時代に、イスラム教に対してより寛容になり、モスク(イスラム教の礼拝堂)の建設許可が得られ、宗教学校として使われていた倉庫が改装され、ケープの最初のモスク(オーワルモスク:Auwal Mosque)が誕生しました。
このオーワルモスク(Auwal Mosque)を中心に、ボ・カープ地区は大きなイスラム教徒コミュニティができました。

今でもアブドラ・カディ・アブドゥス・サラームが記憶で書き起こしたと言われるコーランがこのオーワルモスク(Auwal Mosque)に保管されています。

また、彼を祭ったクラマット(Kramat)がボ・カープ地区にあります。
ボ・カープ地区には現在、7つのモスクがあります。

Tana Baru墓地 _ Bo-Kaap
(クラマットのある墓地)


引用元:
※03 ALJAAMIAH ACADEMY


スポンサーサイト





にほんブログ村 海外生活ブログへ

テーマ:南アフリカ - ジャンル:海外情報

ボ・カープ地区 | 17:00:00 | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する