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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

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Castle of Good Hope ⑤
<キャッスルの見どころ>

◆入口 ゲート

キャッスル 入口ゲート

門柱の上に一対の狛ライオンが横たわっています。
外に置かれている狛ライオンはレプリカで、オリジナルはキャッスル内の陶芸展示室で見ることができます。
日本の狛犬と違って、どちらも口を開いていますね。
日本の狛犬も元をたどっていくとライオンだったようです。


◆稜堡(Bastion)

稜堡の名前
(引用 ※07)

キャッスルの各頂点にある稜堡(Bastion)には名前が付けられており、オレンジ公(オランダ王家)の王子の領地の名前であるリーダム(Leerdam)、ビューレン(Buuren)、 カッツェネレンボーゲン (Catzenellenbogen)、 ナッソー(Nassau)、オラニエ(Oranje)という名前が付けられています。

稜堡のネームプレート(Leerdam)

各稜堡には名前のプレートが取り付けられていて、どれがどの稜堡かわかります。

壁の上方が石の壁でなく、レンガ造りになっていますが、この部分はイギリスの植民地時代に新たに追加された部分です。


◆キャッスルの出入口

出入口とベルタワー

現在のキャッスルの出入口です。出入口の上にはベルタワーがあります。

ベルタワーは1684年に建てられました。
鐘のオリジナルは1697年にアムステルダムで鋳造され、現在、南アフリカでもっとも古い鐘になります。
当時はキャッスルの中の日時計を見て、1時間ごとに時刻を知らせたり、住民や兵士に危険を知らせたり、招集するために使われていたそうです。

この鐘は今でも、キーセレモニーのとき鳴らされています。



出入口ペディメント (外側)

現在の出入口の上にあるペディメント(切妻)です。(外側)
中央の王冠をかぶったライオンはオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の国章です。手には剣(権力)と7本の矢(7つの州)を持っています。

その下には6つの紋章(盾や旗に用いた紋章:coat of arms)が並んでいますが、オランダ東インド会社の支社があったオランダの都市、(左から)ホールン(Hoorn)、デルフト(Delft)、アムステルダム(Amsterdam)、ミッデルブルフ(Middelburg)、ロッテルダム(Rotterdam)、エンクホイゼン(Enkhuizen)の紋章になります。

それらの紋章の両側には、オランダ東インド会社のモノグラム(VOC:Verenigde Oost-Indische Compagnie)があります。

また、紋章の下の黄色っぽいレンガは、元々オランダ東インド会社の交易船のバラストとして使っていたレンガでした。


◆内部のペディメント(切妻)

出入口ペディメント(内側) 出入口ペディメント(以前の様子)
(右側写真 引用 ※05)

出入口を入って上を見上げると、内側にもペディメントがあります。
中央にはヘルメットをかぶった騎士といろいろな武器、旗がデザインされ、両側には商売や旅の神マーキュリー(Mercury)と海の神ネプチューン(Neptune)が座っています。

以前は左の写真のように杖(caduceus)と三つ叉の矛(trident)を持っていましたが、今は杖も矛も持たないで座っています。
少しお疲れのようす...

観光ガイドの試験で、「Mercury」と「Neptune」と書かないで、「Hermes」と「Poseidon」と書いたら、「それはギリシャ語で英語名じゃない」といって点数をもらえなかった思い出があります。


引用元:
※05 Castle of Good Hope(wikipedia英語版)
※07 OpenStreetMap





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Castle of Good Hope ④
◆日本との関わり

オランダの東インド会社一行が貿易船の食糧補給基地を作るためにケープタウンに到着したのは1652年4月5日。
その時の司令官はヤンファンリーベック(Jan van Riebeek)でした。

実はそのヤンファンリーベック(Jan van Riebeek)は、ケープタウンに来る前にオランダ東インド会社の船医としてインドネシアのバタヴィア(ジャカルタ)に派遣され、その後、オランダ東インド会社の社員(商館員)となって、1643年から1644年まで日本の長崎出島(商館)にいました。

1648年に一旦オランダに帰国し、食糧補給基地を作る指令を受けてケープタウンにやってきました。

オランダ東インド会社は、バタヴィアをアジアの拠点にしてヨーロッパとの間で交易していましたが、日本が鎖国(1641年)した後も継続して日本と交易をしていました。

その交易品は、
日本からは銀銅などの貴金属や樟脳、磁器、漆器、醤油、浮世絵などの美術品が輸出され、
日本には絹、織物(羊毛、綿)、毛皮、砂糖、香水、医薬品、書籍(医学書や科学、兵法)
が輸入されていました。


キャッスルに初めて行ったとき、交易品の一つだった伊万里の磁器を陶芸展示室やウィリアムフェール コレクションで展示されているのを見つけました。

子供のころに習った歴史や資料を読んで、ケープタウンを経由して日本とヨーロッパの間で人や物が行き来していたことは頭の中では理解していましたが、その当時、飛行機や近代的な船でなく、帆船ではるばるここまで運ばれてきた伊万里の実物を見つけて、300年以上前からすでにこの地と日本がつながっていて、危険や苦労を乗り越えながら人と物が行き来していたんだなという実感が湧き、驚きと同時に運命的なものを感じました。


********************
◆Castle of Good Hope 基本情報(2019年11月現在)

●開館日: クリスマス(12月25日)と正月(1月1日)を除いた毎日
●開館時間: 9:00~17:00
●入場料: R50(入口で購入)
※ クレジットカード(MasterかVISA)が利用できます。
●webサイト: https://castleofgoodhope.co.za/

※ キャッスル内を観光する場合、できれば3時間、少なくとも2時間は確保しておくとよいです。
※ 駐車場を利用する場合、Leerdam稜堡とOranje稜堡の間の駐車場をご利用ください。(入口ゲート前の駐車場は利用できません)
********************

<場所>
現在のキャッスル位置
(引用 ※06)

<案内図>
キャッスル案内図
(引用 ※08)


引用元:
※06 Bing Map
※08  The Castle of Good Hope(GATEWAY GUIDES リーフレット)





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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ③
◆キャッスルの構造

キャッスル上空写真 五角形型
(引用 ※02)

現在のキャッスルの上空写真です。
頂点に稜堡(Bastion)を配置した五角形をしています。

どこかで見たような気がしませんか?

函館市 五稜郭 上空写真 佐久市 龍岡城 上空写真
左:北海道函館市 五稜郭
右:長野県佐久市 龍岡城
(引用 ※03 ※04)

日本にも、江戸時代末期に同じ形状の城郭が作られました。

この星型要塞(五角形とは限りません)は、もともとイタリアで考案されたもので、大砲や銃といった火器を使った戦闘に対応するために考案された形状です。
城に攻め込んでくる敵に対して、稜堡(Bastion)から大砲や銃で攻撃すると、敵に対して死角がない(敵の身を隠すところがない)形状になっています。

キャッスルの建設に必要な材料は、ロベン島やシグナルヒル、テーブルマウンテンから運ばれました。石と石の間を埋めるモルタルは、ロベン島で集めた貝殻を焼いて石灰を作り、砂と混ぜて作ったそうです。

完成当時のスケッチ
(引用 ※05)

上の写真は完成当時のスケッチです。
キャッスルの中央にあるのは井戸で、そこを中心にして作られています。
当時のキャッスル内は広場になっていましたが、次第に中央に壁ができたり、壁に沿って建物が作られていきました。

また、キャッスルへの出入口も、当初は海に向かって作られていましたが、満潮時または大潮時に水位が上がると、城へのアクセスができなくなるため、出入口を現在の位置に変えられました。
(上のスケッチでは、手前が海岸で、現在の出入口は右側の壁に作られています)


キャッスル模型
(ミリタリーミュージアム展示模型)

中央の壁は、大砲などの飛び道具で攻撃を受けた時、攻撃を受ける領域を分けるために(中にいる人たちを助けるために)作られました。
1695年に壁が作られ、1786~1790年に現在の形になりました。
井戸の上に中央の壁が作られましたが、井戸は使えるように残っています。

埋め立て前の海岸線
(シャボンヌバッテリーミュージアム展示模型)

上の模型は、キャッスルの外に住居や農場ができて町になったころの模型ですが、キャッスルのすぐ目の前に海が広がっていました。

現在のキャッスル位置
(引用 ※06)

現在の地図を見ると、陸地の真ん中に位置していますが、模型が示すように建設当時は海岸に面していました。

近代になって、キャッスルの前の海岸が埋め立てられ、今のような位置関係になりました。


引用元:
※02 Bing Map
※03 Bing Map
※04 Bing Map
※05 Castle of Good Hope(wikipedia英語版)
※06 Bing Map




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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ②
◆キャッスルの歴史

1400年代、オスマン帝国が中東に勢力を拡大し、それまで陸路を通じてアジアからヨーロッパに入ってきていた香辛料が手に入らなくなったため、ヨーロッパでは海路を使った交易ルートを探し始めました。

そして、ポルトガルのバーソロミューディアス(Bartolomeu Dias de Novais)がアフリカ大陸の南端を発見したのが1488年。
この発見によって、アフリカ大陸をまわって様々な品物がヨーロッパとアジアを行き来するようになりました。

オランダ(ネーデルランド連邦共和国)も独自にアジアとの交易を行なうため、オランダ東インド会社を設立し、インドネシアのバタヴィア(ジャカルタ)にアジアの拠点を置いて、交易を行なっていました
しかし、そのルートは非常に距離があり、交易船の食料や水を途中で補給する必要がありました。

オランダ東インド会社はケープタウンに食糧補給基地を作ることを決め、ヤン ファン リーベック(Jan van Riebeeck)率いる入植者を送り、一行がケープタウンに到着したのは、1652年4月5日。
すぐに人や物資を守る砦の建設と、食料(野菜やフルーツ)を育てる農地の開墾を始めました。

最初の砦は、到着した翌年の1653年、現在あるキャッスルの西側に完成し、1656年には内部の構造物も完成しました。

最初の砦 模型
(ミリタリーミュージアム展示模型)

形は模型のように、四角形をしており、四隅に稜堡(Bastion)を配置した構造をしていました。
泥や芝、木材を使って作られたため、大雨が降るたびに崩れ、その都度修理が必要でした。

1664年、オランダとイギリスとの間で戦争が起こる噂が広まり(1665年から第2次英蘭戦争が始まった)、オランダ東インド会社の交易ルートが脅かされる懸念が生じたため、後にケープの総督になったイスブラント ホスケ(Isbrand Goske)の指示によって、現在のキャッスル建設が1665年から始まりました。

建設の指揮を執るために、ピーター ドンベール(Pieter Dombaer)というエンジニアがケープタウンに派遣され、奴隷、ケープタウン周辺にいた先住民、オランダ人入植者、オランダ東インド会社社員総出で建設をしました。

途中、ヨーロッパでの戦争が落ち着いたこともあって進捗が遅れましたが、1679年4月26日に現在のキャッスルが完成しました。




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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ①
キャッスルの外観

外から見ると、ただの城壁。
日本人が見ると天守のない石垣だけが残ったお城というイメージです。

日本からケープタウンに観光に来られる方で、こちらに足を運ばれる方は、ほぼいないであろう歴史遺産です。
私もよくこの近くを車で通りますが、正直、全く興味のないところでした。

初めてCastle of Good Hope(以下、キャッスル)に行ったのは、観光ガイドの学校に通っていた時、課題のレポートを作成するために、「家から比較的近くて、ネタを書くのに適当な規模」という軽はずみな理由で、ここを取り上げたのがきっかけでした。

でも、このキャッスルの中で「あるもの」を見つけた時、気持ちが大きく変わりました。


上空からの写真
(引用 ※01)

キャッスルは、南アフリカで現存する最古の建造物と言われています。

1652年、オランダ東インド会社がアジアとの交易ルートの補給基地としてケープタウンに入植し、この地を守る要塞として1679年に完成しました。

キャッスルの中には、もちろん軍事的な施設もありましたが、1つの町を形成するように入植したオランダ人の住居やオフィス、教会、製パン所、工房、その他多くの施設や部屋がありました。

現在は、南アフリカ(特にケープタウン)の歴史を学べる博物館や展示室があり、観光客も多く訪れています。
また、キャッスルの一部は南アフリカ陸軍の西ケープ州本部としても使われています。

1936年、キャッスルは南アフリカ国内の歴史建造物として指定されました。(現在は西ケープ州の歴史遺産として指定)


引用元:
※01 The Castle of Good Hope(CAPE TOWN HISTORY)




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