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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

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ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ⑤
<見どころ ②>

Bo-Kaap地区 詳細地図
(引用 ※05)

◆写真撮影場所

撮影ポイント 1 _ Bo-Kaap 撮影ポイント 2 _ Bo-Kaap
撮影ポイント①/②
撮影ポイント 3 _ Bo-Kaap 撮影ポイント 4 _ Bo-Kaap
撮影ポイント③/④
(番号は地図上の撮影ポイントの番号です)



わざわざこの地区でショッピングや食事をする必要もないでしょうが、興味ある方は立ち寄ってみてください。
周りへの注意は忘れないでくださいね。

◆ショッピング

●アトラス トレーディング カンパニー(Atlas Trading Company)

Atlas Trading Company _Bo-Kaap

いろいろな種類のスパイスが売られているお店です。
種類ごとに小分けしたスパイスやこの店で調合されたスパイス(マサラ)もあります。

どちらかというとインド/アジア的な香りのするところですが、ケープタウンの食文化に影響を与えたスパイスを見てみるのも面白いです。

営業日:月曜日~土曜日(日休)
営業時間:8:15~17:15(月~木)8:15~12:00 14:00~17:15(金)8:30~13:00(土)

●ローズ コーナー スパレット(Rose Corner Superette)

この店は、ケープタウンのありきたりな食料雑貨店ですが、奴隷として連れてこられたマレー人のお菓子、Koesistersが買えます。

Rose Corner Superette _ Bo-Kaap Koesisters

Koesistersは、あんドーナツから餡子を抜いたようなお菓子です。
一般的なものは写真のような見た目で、小麦粉にシナモン、カルダモン、クミン、ショウガなどのスパイスを混ぜた生地を油で揚げ、煮立ったシロップに付け込んだ後、ココナツパウダーをまぶします。


また、koesistersと似た名前のKoeksistersというお菓子も南アフリカにはあります。

Koeksisters

Koeksistersは、アフリカーナー(オランダ東インド会社時代に移住してきた白人)のお菓子で、一般的なものは写真のようにねじれた形をしています。
小麦粉の生地を油で揚げた後、シロップに付け込みます。
これを食べると、日本のかりんとうを思い出します。

Koesisters看板

お店の壁にはなぜかKoeksistersと書かれています。(お店で売られているのはKoesistersですが)

営業日:月曜日~日曜日
営業時間:7:00~23:00


◆レストラン

●ビーズミーラー レストラン(Biesmiellah Retaurant)

Biesmiellah _Bo-Kaap

マレー料理(ハラール)の食べられるレストランです。

ケープの食文化に大きな影響を与えたマレー人(奴隷として連れてこられた人たち)の料理が食べられます。
マレーシアの料理も甘いって聞いたことがありますが、この店もお米も含めて全体的に甘めの味付けがされています。

営業日:月曜日~土曜日(日休)
営業時間:12:00~22:00(月~木、土)13:30~22:00(金)

●ボ・カープ コンブイス(Bo Kaap Kombuis)

Bo Kaap Kombuis _Bo-Kaap

丘の斜面を上がったところにある見晴らしのいいお店です。

Bo Kaap Kombuisからの眺め _ Bo-Kaap

お店の中から遮るものなくTable Mountainを見渡せます。
お店に行く場合は、昼の時間に車で行ってください。(危ないので)

Tasting Platter 3 _ Bo Kaap Kombuis

こちらのセットメニューの一つです。(Boboti、Denning Vleis、Butter Chicken Curryのセット)

営業日:火曜日~日曜日(月休)
営業時間:12:00~16:00/18:00~22:00(火~土)12:00~15:00(日)


◆カフェ

●デラックスコーヒーワークス ボ・カープ(Deluxe Coffeeworks Bo-kaap)

Deluxe Coffeeworks _ Bo-Kaap

アトラス トレーディング カンパニー(Atlas Trading Company)の隣の建物にあります。
手前にハーベストカフェ&デリ(Harvest Cafe & Deli)というカフェの入口がありますが、コロナの影響で営業していませんでした。

営業日:月曜日~土曜日(日休)
営業時間:7:00~16:00 (月~金)8:00~13:00(土)

●バタビア(Batavia)

Batavia _Bo-Kaap

こちらでkoesistersが食べられます。
こちらのトイレは、別の建物にあり、あまりきれいではありませんでした。(改装中だったから?)

営業日:火曜日~日曜日
営業時間:8:00~15:00(火~土)9:00~14:00(日)

●アゲインスト ザ グレイン(Against The Grain)

Against The Grain _Bo-Kaap

こちらでもkoesistersが食べられます。
こちらも別の建物のトイレを使っていますが、きれいなトイレです。(オーワルモスクの向かいのURBAN HUBという建物の中です)
トイレを使うときは、受付の人に声をかけてください。

営業日:月曜日~水曜日/金曜日~日曜日(木休)
営業時間:9:00~16:00(月~水/土)9:00~12:30/13:15~16:00(金)9:00~14:00(日)


注:上記営業日と営業時間は、2020年12月現在のものです。


引用元:
※05 Bing Map




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ④
<見どころ ①>

●ボ・カープ博物館(Bo-Kaap Museum)

Bo-Kaap Museum 外観

博物館となっている建物は1760年代に建てられたもので、ケープに入植したオランダ人たちが建てた当時のケープダッチ様式の特徴をそのまま残しています。(ボ・カープ (Bo-Kaap)地区 ①

博物館の展示物だけでなく、建物自体にも注目してください。
この建物は1965年に国の史跡として指定されました。

Bo-Kaap Museum 中庭

この博物館では、この地域に住んでいたケープ・マレー(イスラム教徒)の歴史や生活の様子を紹介しています。

展示物 1 _ Bo-Kaap Museum 展示物 2 _ Bo-Kaap Museum

展示物 3 _ Bo-Kaap Museum 展示物 4 _ Bo-Kaap Museum

Community Centre _ Bo-Kaap Museum

●ケープダッチ様式の住宅

ケープに入植したオランダ人が建てた特徴ある住宅の様式です。
街の一般的な住宅と、郊外の農場にある屋敷の間で違いはありますが、主な特徴として以下のようなものがあります。

ケープダッチ様式

・白い壁(ボ・カープではいろいろな色に塗り替えられていますが)

・建物の前のストープ(平らなスペース:日本ではテラスと呼ばれています)。ストープの端に家族や訪問者とくつろげるよう椅子状の段差が作られていることもあります。

・縦長の大きい窓枠と小さなガラス板を格子状に並べた窓。下半分に木製の外開きの雨戸がついていることがあります。ガラスは当時ヨーロッパから持ち込んでいました。

・窓枠やドアなどの細部を緑色にしている。(壁の色同様、ボ・カープでは白色に塗り替えられているところが多いです)

・入口ドアは左右両開きのドアと、上下2つに分割されたドアの2種類があります。ドアの上には明り取りの窓があります。(ボ・カープ博物館は上下に分割されたドアがついています)

ケープダッチ様式 ドア

街の住宅にはありませんが、郊外の屋敷には、入り口の上に大きな切妻屋根があります。

ケープダッチ様式の屋敷 Groot Constantia ケープダッチ様式の入口

・街の住宅の屋根は平らでクジラの油と糖蜜を混ぜたもので防水加工していました。一方、郊外の屋敷は日本のかやぶき屋根のような屋根をしています。

********************
◆ボ・カープ博物館(Bo-Kaap Museum) 基本情報(2020年9月現在)

●閉館日: 日曜日、1月2日、Worker's Day(5月1日)、クリスマス(12月25日)、Eid-ul-Fitr(イスラム教ラマダン明けの祝日)、 Eid-ul-Adha(イスラム教犠牲祭)
●開館時間: 9:00-16:00
●入館料: 20ランド(大人)、10ランド(17~6歳)、5ランド(5歳以下)
●トイレ: 館内にあります。
●Webサイト: http://www.iziko.org.za/museums/bo-kaap-museum
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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ③
<ボ・カープ 基本情報>

◆安全

ボ・カープ周辺はホームレスが多いのと、犯罪(強盗)の多い地域です。
過去に日本人が拳銃を持った強盗に遭遇してカバンを取られた事件がありました。
私もこの周辺で人に絡まれ嫌な思いをしたことが何度もあります。

歩いて家並みを見る際は、周りに十分注意してください。
特に日没後に歩くことはやめてください。

車の往来も多いので、家並みの写真を撮るとき、車にも気を付けてください。
ここは観光ガイドと一緒に行かれたほうがいいです。

また、イスラム教の行事がある日は、人がたくさん集まり混雑することもあるので、事前に確認されたほうがいいです。

◆行き方

●タクシー(ドライバ付き車両)

カンパニーズガーデンの回にも書きましたが、市内中心のホテルからでしたら、タクシーかドライバ付きの車両をチャーターして行くのがいいです。
できればドライバ付きの車両を一日頼んで、他の観光地含めて市内観光されてはいかがでしょうか。

●車(レンタカー)

ボ・カープ地域は、居住者や近隣店舗の車がたくさん路上駐車していて、いつも駐車できる空きスペースがありません。
また、この辺りは駐車していいスペースがはっきり表示されていないので、慣れないとどこに駐車していいかもわかりません。

できれば、市内を観光するときは、車(レンタカー)で回るのは避けたほうがいいです。
駐車を誘導してくれる人(チップを要求する)もいますが、本来駐車禁止の場所にも誘導することがあるので、駐車していいところかよく見て駐車してください。

●Mycitiバス

この地域には、Mycitiバスは通っていません。
最寄りの停留所はLoop Streetの Leeuwen 1 か Church 1 という停留所ですが、停留所から歩いて5,6分かかります。

停留所との間でも、人が近づいてきて絡まれることが多いです。
Mycitiバスを利用してボ・カープに行くことはできれば避けたほうがいいです。

Bo-Kaap周辺地図
(引用 ※01)


引用元:
アイキャッチ google map
※01 Bing Map




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ②
◆ケープとイスラム教

●シェイク・ユースフ

ケープに最初に入植したのは、オランダの東インド会社でした。ですから彼らの多くはプロテスタント(オランダ改革派教会)でした。
現在のケープにはいろいろな宗教徒がいますが、プロテスタントが一番多いです。

ケープでイスラム教が広まったのは、シェイク・ユースフ(Sheikh Yusuf)という人がケープに連れてこられたことがきっかけでした。
シェイク・ユースフは1626年にインドネシア・スラウェシ島のマカッサル(Makassar)で生まれました。
1644年、彼はメッカに巡礼し、アラビアでイスラム教を学びました。
その後、生まれ故郷に戻ろうとしましたが、オランダ東インド会社に占領されていたため、ジャワ島のバンテン王国に身を寄せました。

シェイク・ユースフの切手
(引用 ※03)

時代が流れ、バタビア(今のジャカルタ:バンテンの隣)に拠点を置いたオランダ東インド会社と争いが起き、シェイク・ユースフは捕らえられてしまいました。(1684年)
初めはバタビアのオランダ東インド会社の城で投獄されていましたが、のちにセイロン(スリランカ)、最終的にケープに追放されました。(1694年)

ケープには家族と従者含めて49名が連れてこられ、ザントフリット(Zandvliet:現在のMakassar)という地区に収容されました。

ザントフリットはケープの中心からは離れていましたが、奴隷たちが聞きつけ、脱走した奴隷たちの避難所になり、またイスラム教のメッセージがここからケープの奴隷コミュニティに伝えられていきました。

シェイク・ユースフは1699年にザントフリットで亡くなり、そこでイスラム教の聖人として埋葬されクラマット(Kramat)が建てられました。
また、ザントフリット(Zandvliet)という地名は、彼の生まれ故郷であるマカッサル(Makassar)という地名に変わりました。

※ クラマット(Kramat)は、イスラム教の聖人を祭る墓で、日本で言うと実在した天皇や武将を祭った神社のようなところです。
※ マカッサル(Makassar)のクラマットを訪問する場合は、専門のツアーに参加してください。個人での訪問は避けたほうがいいです。

●トゥアン・グル

1780年、インドネシアのティドレ島の王子であり、イスラム教聖職者だったアブドラ・カディ・アブドゥス・サラーム(Abdullah Kadi Abdus Salaam)が政治犯としてケープに追放され、ロベン島に投獄されました。

刑期を終えてロベン島から解放された彼は、ケープに残りイスラム教学校を開こうと考えていました。
彼はボ・カープ地区の当時倉庫だった場所(現在のオーワルモスク:Auwal Mosque)を借り上げ、宗教学校を設立しました。
また、ケープに連れてこられた際、コーラン(イスラム教の聖典)などの書物の所持を許されなかったため、ロベン島に投獄されていた間に記憶を頼りにコーランやイスラム法などの本を書き起こしていました。

その当時はオランダ東インド会社が統治していてイスラム教は認められていませんでしたが、彼らの働きによって認められ、そこでイスラム教の教えやアラビア語の読み書きを教えました。
(彼は、Tuan Guru:トゥアン先生と呼ばれていました)

彼の活動によって、奴隷や奴隷から解放された黒人たちにもイスラム教が広がり、ボ・カープ地区にイスラム教徒が増えていきました。

Auwal Mosque _ Bo-Kaap

1795年からの最初のイギリスのケープ占領時代に、イスラム教に対してより寛容になり、モスク(イスラム教の礼拝堂)の建設許可が得られました。
それまで宗教学校として使われていた倉庫が改装され、ケープの最初のモスク(オーワルモスク:Auwal Mosque)が誕生しました。
このオーワルモスク(Auwal Mosque)を中心に、ボ・カープ地区は大きなイスラム教徒コミュニティができました。

今でもアブドラ・カディ・アブドゥス・サラームが記憶で書き起こしたと言われるコーランがこのオーワルモスク(Auwal Mosque)に保管されています。

また、彼を祭ったクラマット(Kramat)がボ・カープ地区にあります。
ボ・カープ地区には現在、7つのモスクがあります。

Tana Baru墓地 _ Bo-Kaap
(クラマットのある墓地)


引用元:
※03 ALJAAMIAH ACADEMY




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ①
Bo-Kaapはアフリカーンス語で「岬の上」という意味。
ケープタウンの中心地にあり、シグナルヒルの東斜面に位置する地域です。
ここはカラフルな色の家が並ぶ地域で、必ずといっていいほど観光案内や写真集に写真が使われます。

撮影ポイント 1 _ Bo-Kaap

現在のケープタウンの様子
(引用 ※01)

この地域の住宅がカラフルに色付けされるようになったいきさつ(説)はいくつかありますが、奴隷として連れてこられた人々がこの地域に住み、その人たちがイスラム教徒であった(入信した)ことが鍵のようです。


◆なぜ、この地域に奴隷たちが住んでいたのか?

1760年代のケープタウンの様子
(引用 ※02)

1760年、ヤン・デ・ワール(Jan de Waal)という白人が、現在のボ・カープ地区を買い取ってワイン農場を始めました。
彼の農場には、彼の家族が住む家と、そこで働く奴隷たちを住まわせるために小さな家をいくつも建てました。
その一つが現在この地区にあるボ・カープ博物館と言われています。

1780年以降この地域の開発が進み、住居が増えてヨーロッパからの移民が住み始めました。
1834年の奴隷制度廃止以降、ここに住んでいた白人系移民がケープ郊外に移住し、空き屋になった家に解放された奴隷たちが住み始めました。
ヤン・デ・ワールが亡くなって以降、彼の家族もステレンボッシュ(Stellenbosch)に移住し、現在もそこで彼の子孫がワイン農場を営んでいます。


◆なぜ住宅の壁をカラフルな色を塗っているのか?

●説① 奴隷解放

1806年にイギリスが2度目の占領をした後、1833年にイギリス本国で奴隷制度廃止法が成立し、翌年にケープでも奴隷たちが解放されました。
解放された奴隷たちは、その喜びを込めて、壁の色を思い思いの色に塗り替えたという説があります。
(それまで奴隷たちが住んでいたのは、壁が白いケープダッチ様式の家屋でした)

●説② イード・アル・フィトル(Eid ul-Fitr)

ボ・カープ地区にはイスラム教徒が多く住んでいましたが、イスラム教の行事の中で、ラマダン明けを祝うイード・アルー・フィトル(Eid ul-Fitr)というお祭りがあります。
このお祭りでは、家を飾り付け、新調した衣装を着て集会場に出向いたり、親戚友人を訪問したり、豪華な食事を用意してもてなします。
その「家を飾る」代わりとして壁にカラフルな色を塗ったという説もあります。


◆ケープにおける奴隷

オランダ東インド会社がケープを食料補給基地として以来、同じく植民地だった東南アジア島しょ部(マレー半島、インドネシアなど)、インド、マダガスカル、モザンビーク、東アフリカからアジア人や黒人が労働力として連れてこられました。
オランダ東インド会社が東アジアを植民地化した際、統治の脅威になるとして、追放する目的でケープに連れてこられた統治反対派や宗教指導者(特にイスラム教)なども多かったそうです。

◆ケープ・マレー

ケープでケープ・マレー(Cape Malay)または単にマレー(Malay)と呼ばれている名前は、初めはオランダ東インド会社が植民地化した東南アジア島しょ部から奴隷として連れてこられた人々(マレー語を話す人々)を指していましたが、イスラム教徒が多かったことと、のちにその他の地域から連れてこられた奴隷たちもイスラム教に入信し同じグループにまとめられたため、イスラム教徒のコミュニティー・文化を示すようになりました。

東南アジア島しょ部から連れてこられた人たちの中には、服の仕立て屋、靴屋、石工、銀細工師などの技能を持った職人も多く含まれていたそうです。

ボ・カープ地区には多くのマレー人(イスラム教徒)が住んでいたため、アパルトヘイト制度の一つであるグループエリア法(1950年)では、ボ・カープ地区はマレー人(イスラム教徒)の居住地として割り当てられました。

一見華やかな場所ですが、虐げられてきた人たちの歴史を持つ地域です。



引用元:
※01 Bing Map
※02 Cape Town Book(Struik Travel & Heritage) 第1版




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)