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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、マイクロライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

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Castle of Good Hope ⑦
<キャッスルの見どころ>

◆ドルフィンプール

ドルフィンプール

奥庭にはプールがあり、中央にあるイルカの噴水にちなんでドルフィンプールと呼ばれています。
キャッスルができた当初は円形のプールでしたが、次の総督(Willem Adriaan van del Stel)の時代に奥庭に建物(製パン所)を建てて隔離し、現在のようなプールが作られました。
のちにプールは解体されてしまいましたが、プールをスケッチした絵などをもとに1980年代に再現されました。

ドルフィン

何度見ても私には日本のお城にあるシャチホコにしか見えませんが...


◆日時計

日時計(午前用) 日時計(午後用)

キャッスルの前庭には2つの日時計があります。1つは午前の時刻を、もう一つは午後の時刻を見るために使われました。
現在の時刻と比較すると結構ずれていますが、現在の時刻はグリニッジを基準とした標準時刻なので、ずれていても当然なのでしょうね。


その他、牢屋(カッツェネレンボーゲン稜堡の上)や拷問部屋(ナッソー稜堡の下)もありました。
それらは現在も保存されていて、当時の様子を見ることができます。
牢屋の扉にいろいろな落書きがされていたり、拷問の道具が展示されていますが、暗いのと当時の人たちの怨念のようなものを感じて、あまり雰囲気のいいところではありません。


◆キャノンファイヤリング(Cannon Firing)

キャノンファイヤリング 01 キャノンファイヤリング 02
 
キャノンファイヤリング 03 キャノンファイヤリング 04

港に船が入ってきたことを知らせるために発射されていた大砲で、大砲の火薬の詰め方や道具の説明をしながら大砲を打ってくれるイベントをやっています。(希望者に火薬の点火をさせてくれます)
(月―土 時間:10:00 11:00 12:00)


◆キーセレモニー(Key Ceremony)

キーセレモニー 01 キーセレモニー 02

キーセレモニー 03 キーセレモニー 04

キャッスルの出入口は、夜間閉じられ朝になると開錠されていましたが、その開錠の儀式を再現したイベントを行っています。
(月―金 時間:10:00 12:00)


◆ガイド付きのツアー(英語)
キャッスル専門のガイドが城内を案内してくれます。
(毎日 時間:11:00 12:00 14:00 15:00 16:00)




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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ⑥
<キャッスルの見どころ>

◆キャッスルの壁の色

キャッスル内部の壁の色

キャッスルの外側は石の壁で黒っぽい色をしていますが、中に入ると、一転して明るい黄色の壁が広がります。
壁の黄色の塗料は、日光からのまぶしさを軽減するためと、熱が吸収されにくく、建物が暑くなりにくいという理由で選ばれました。


◆ミリタリーミュージアム(Military Museum)

ミリタリーミュージアムの壁画

ミリタリーミュージアムを入った正面の壁画です。(中央のロープから先)
ここはキャッスルが建てられた当初の入り口に当たります。現在は壁で塞がれていますが、当時の様子がわかるように壁に絵が描かれています。
この壁画でもわかるように、入り口を出ると目の前に海が広がっています。

ミリタリーミュージアム展示物 01 ミリタリーミュージアム展示物 02

ミリタリーミュージアム展示物 03 ミリタリーミュージアム展示物 04

ミュージアムでは、ケープタウンに初めてヨーロッパ人が来た頃からオランダ東インド会社の入植時代、イギリスの占領(植民地)時代までの歴史が学べる展示物があります。


◆デ カット バルコニー(De Kat Balcony)

De Kat Balcony

キャッスルに入ると正面に「De Kat Balcony」が見えます。
当時ケープタウンを治めていた司令官が居住した部屋の入り口で、アントン アンリース(Anton Anreith)がデザインしたバルコニーです。アントン アンリースは、ケープタウンで活躍した彫刻家で、街のあちこちに彼の作品があります。

キーセレモニーでは、このバルコニーで鍵の受け渡しをします。

4人の銅像

バルコニーの前には4人の銅像が立っています。
オランダが入植した時、入植に抵抗して戦った王やリーダー達です。


◆ウィリアム フェール(William Fehr)コレクション

ウィリアム フェール コレクション 01 ウィリアム フェール コレクション 02

ウィリアム フェール コレクション 03 ウィリアム フェール コレクション 04

バルコニーから部屋の中に入ると、南アフリカの実業家であったウィリアム フェール(1892年~1968年)が収集した絵画などの美術品や装飾品が展示されています。
南アフリカ(ケープタウン)にヨーロッパ人が入植した頃の様子や、町の様子を描いた絵画が見られます。

ウィリアム フェール コレクション 05 ウィリアム フェール コレクション 06

絵画のほかにも交易品の磁器と、それらを飾った食器棚もあります。
中にはVOC(オランダ東インド会社)のモノグラムが入った日本製の磁器も展示されています。


◆副司令官室(Secunde’s House)

当時の生活の様子 01 当時の生活の様子 02

当時の生活の様子 03 当時の生活の様子 04

当時の生活の様子がわかるような生活用品が展示されています。

セダンチェアー

これは「Sedan Chair」(セダンチェアー)と言うそうです。位の高い人やお金持ちが中に座り、奴隷たちが担いで運ぶための乗り物です。
車のセダンってこういうところから名前がきているんですね。


◆陶芸展示室(Ceramic Exhibition)

日本製磁器 01 日本製磁器 02

中国製磁器 アフリカ陶器

狛ライオン 左 狛ライオン 右

オランダ東インド会社がアジアからヨーロッパに運んだ日本製(伊万里)や中国製の磁器、南アフリカの陶器などが展示されています。
キャッスルの入り口(門)の両側に置いてある狛ライオンのオリジナルもこの展示室で見られます。

日本の磁器(伊万里)をここで見ると、300年以上も前からケープタウンと日本がつながっていたことや、誰の手に渡り、どうやってここまでたどり着いたのか、いろいろ思いを馳せて感慨深い気持ちになります。




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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ⑤
<キャッスルの見どころ>

◆入口 ゲート

キャッスル 入口ゲート

門柱の上に一対の狛ライオンが横たわっています。
外に置かれている狛ライオンはレプリカで、オリジナルはキャッスル内の陶芸展示室で見ることができます。
日本の狛犬と違って、どちらも口を開いていますね。
日本の狛犬も元をたどっていくとライオンだったようです。


◆稜堡(Bastion)

稜堡の名前
(引用 ※07)

キャッスルの各頂点にある稜堡(Bastion)には名前が付けられており、オレンジ公(オランダ王家)の王子の領地の名前であるリーダム(Leerdam)、ビューレン(Buuren)、 カッツェネレンボーゲン (Catzenellenbogen)、 ナッソー(Nassau)、オラニエ(Oranje)という名前が付けられています。

稜堡のネームプレート(Leerdam)

各稜堡には名前のプレートが取り付けられていて、どれがどの稜堡かわかります。

壁の上方が石の壁でなく、レンガ造りになっていますが、この部分はイギリスの植民地時代に新たに追加された部分です。


◆キャッスルの出入口

出入口とベルタワー

現在のキャッスルの出入口です。出入口の上にはベルタワーがあります。

ベルタワーは1684年に建てられました。
鐘のオリジナルは1697年にアムステルダムで鋳造され、現在、南アフリカでもっとも古い鐘になります。
当時はキャッスルの中の日時計を見て、1時間ごとに時刻を知らせたり、住民や兵士に危険を知らせたり、招集するために使われていたそうです。

この鐘は今でも、キーセレモニーのとき鳴らされています。



出入口ペディメント (外側)

現在の出入口の上にあるペディメント(切妻)です。(外側)
中央の王冠をかぶったライオンはオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の国章です。手には剣(権力)と7本の矢(7つの州)を持っています。

その下には6つの紋章(盾や旗に用いた紋章:coat of arms)が並んでいますが、オランダ東インド会社の支社があったオランダの都市、(左から)ホールン(Hoorn)、デルフト(Delft)、アムステルダム(Amsterdam)、ミッデルブルフ(Middelburg)、ロッテルダム(Rotterdam)、エンクホイゼン(Enkhuizen)の紋章になります。

それらの紋章の両側には、オランダ東インド会社のモノグラム(VOC:Verenigde Oost-Indische Compagnie)があります。

また、紋章の下の黄色っぽいレンガは、元々オランダ東インド会社の交易船のバラストとして使っていたレンガでした。


◆内部のペディメント(切妻)

出入口ペディメント(内側) 出入口ペディメント(以前の様子)
(右側写真 引用 ※05)

出入口を入って上を見上げると、内側にもペディメントがあります。
中央にはヘルメットをかぶった騎士といろいろな武器、旗がデザインされ、両側には商売や旅の神マーキュリー(Mercury)と海の神ネプチューン(Neptune)が座っています。

以前は左の写真のように杖(caduceus)と三つ叉の矛(trident)を持っていましたが、今は杖も矛も持たないで座っています。
少しお疲れのようす...

観光ガイドの試験で、「Mercury」と「Neptune」と書かないで、「Hermes」と「Poseidon」と書いたら、「それはギリシャ語で英語名じゃない」といって点数をもらえなかった思い出があります。


引用元:
※05 Castle of Good Hope(wikipedia英語版)
※07 OpenStreetMap





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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ④
◆日本との関わり

オランダの東インド会社一行が貿易船の食糧補給基地を作るためにケープタウンに到着したのは1652年4月5日。
その時の司令官はヤンファンリーベック(Jan van Riebeek)でした。

実はそのヤンファンリーベック(Jan van Riebeek)は、ケープタウンに来る前にオランダ東インド会社の船医としてインドネシアのバタヴィア(ジャカルタ)に派遣され、その後、オランダ東インド会社の社員(商館員)となって、1643年から1644年まで日本の長崎出島(商館)にいました。

1648年に一旦オランダに帰国し、食糧補給基地を作る指令を受けてケープタウンにやってきました。

オランダ東インド会社は、バタヴィアをアジアの拠点にしてヨーロッパとの間で交易していましたが、日本が鎖国(1641年)した後も継続して日本と交易をしていました。

その交易品は、
日本からは銀銅などの貴金属や樟脳、磁器、漆器、醤油、浮世絵などの美術品が輸出され、
日本には絹、織物(羊毛、綿)、毛皮、砂糖、香水、医薬品、書籍(医学書や科学、兵法)
が輸入されていました。


キャッスルに初めて行ったとき、交易品の一つだった伊万里の磁器を陶芸展示室やウィリアムフェール コレクションで展示されているのを見つけました。

子供のころに習った歴史や資料を読んで、ケープタウンを経由して日本とヨーロッパの間で人や物が行き来していたことは頭の中では理解していましたが、その当時、飛行機や近代的な船でなく、帆船ではるばるここまで運ばれてきた伊万里の実物を見つけて、300年以上前からすでにこの地と日本がつながっていて、危険や苦労を乗り越えながら人と物が行き来していたんだなという実感が湧き、驚きと同時に運命的なものを感じました。


********************
◆Castle of Good Hope 基本情報(2019年11月現在)

●開館日: クリスマス(12月25日)と正月(1月1日)を除いた毎日
●開館時間: 9:00~17:00
●入場料: R50(入口で購入)
※ クレジットカード(MasterかVISA)が利用できます。
●webサイト: https://castleofgoodhope.co.za/

※ キャッスル内を観光する場合、できれば3時間、少なくとも2時間は確保しておくとよいです。
※ 駐車場を利用する場合、Leerdam稜堡とOranje稜堡の間の駐車場をご利用ください。(入口ゲート前の駐車場は利用できません)
********************

<場所>
現在のキャッスル位置
(引用 ※06)

<案内図>
キャッスル案内図
(引用 ※08)


引用元:
※06 Bing Map
※08  The Castle of Good Hope(GATEWAY GUIDES リーフレット)





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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
Castle of Good Hope ③
◆キャッスルの構造

キャッスル上空写真 五角形型
(引用 ※02)

現在のキャッスルの上空写真です。
頂点に稜堡(Bastion)を配置した五角形をしています。

どこかで見たような気がしませんか?

函館市 五稜郭 上空写真 佐久市 龍岡城 上空写真
左:北海道函館市 五稜郭
右:長野県佐久市 龍岡城
(引用 ※03 ※04)

日本にも、江戸時代末期に同じ形状の城郭が作られました。

この星型要塞(五角形とは限りません)は、もともとイタリアで考案されたもので、大砲や銃といった火器を使った戦闘に対応するために考案された形状です。
城に攻め込んでくる敵に対して、稜堡(Bastion)から大砲や銃で攻撃すると、敵に対して死角がない(敵の身を隠すところがない)形状になっています。

キャッスルの建設に必要な材料は、ロベン島やシグナルヒル、テーブルマウンテンから運ばれました。石と石の間を埋めるモルタルは、ロベン島で集めた貝殻を焼いて石灰を作り、砂と混ぜて作ったそうです。

完成当時のスケッチ
(引用 ※05)

上の写真は完成当時のスケッチです。
キャッスルの中央にあるのは井戸で、そこを中心にして作られています。
当時のキャッスル内は広場になっていましたが、次第に中央に壁ができたり、壁に沿って建物が作られていきました。

また、キャッスルへの出入口も、当初は海に向かって作られていましたが、満潮時または大潮時に水位が上がると、城へのアクセスができなくなるため、出入口を現在の位置に変えられました。
(上のスケッチでは、手前が海岸で、現在の出入口は右側の壁に作られています)


キャッスル模型
(ミリタリーミュージアム展示模型)

中央の壁は、大砲などの飛び道具で攻撃を受けた時、攻撃を受ける領域を分けるために(中にいる人たちを助けるために)作られました。
1695年に壁が作られ、1786~1790年に現在の形になりました。
井戸の上に中央の壁が作られましたが、井戸は使えるように残っています。

埋め立て前の海岸線
(シャボンヌバッテリーミュージアム展示模型)

上の模型は、キャッスルの外に住居や農場ができて町になったころの模型ですが、キャッスルのすぐ目の前に海が広がっていました。

現在のキャッスル位置
(引用 ※06)

現在の地図を見ると、陸地の真ん中に位置していますが、模型が示すように建設当時は海岸に面していました。

近代になって、キャッスルの前の海岸が埋め立てられ、今のような位置関係になりました。


引用元:
※02 Bing Map
※03 Bing Map
※04 Bing Map
※05 Castle of Good Hope(wikipedia英語版)
※06 Bing Map




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キャッスル | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
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