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Yoshi@Cape Town

Author:Yoshi@Cape Town
 
「Capetonianな暮らし」 ブログへようこそ!

南アフリカ共和国ケープタウン市に在住するCapetonian(ケープトニアン)です。観光ガイドもしております。こちらでは「Yoshi」と呼ばれています。1964年生まれ。岐阜県出身。東京にも30年くらい住んでいました。

自然の中で遊ぶことが好きで、日本では乗馬、ボートクルージング、魚釣り、パラグライダー、ウルトラライトプレーンなどもしていました。こちらではあちこちにトレッキングルートがあるので、トレッキングも始めたいなと考えています。

皆さんからのご質問、コメント 楽しみにしています。

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ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ④
<見どころ ①>

●ボ・カープ博物館(Bo-Kaap Museum)

Bo-Kaap Museum 外観

博物館となっている建物は1760年代に建てられたもので、ケープに入植したオランダ人たちが建てた当時のケープダッチ様式の特徴をそのまま残しています。(ボ・カープ (Bo-Kaap)地区 ①

博物館の展示物だけでなく、建物自体にも注目してください。
この建物は1965年に国の史跡として指定されました。

Bo-Kaap Museum 中庭

この博物館では、この地域に住んでいたケープ・マーレー(イスラム教徒)の歴史や生活の様子を紹介しています。

展示物 1 _ Bo-Kaap Museum 展示物 2 _ Bo-Kaap Museum

展示物 3 _ Bo-Kaap Museum 展示物 4 _ Bo-Kaap Museum

Community Centre _ Bo-Kaap Museum

●ケープダッチ様式の住宅

ケープに入植したオランダ人が建てた特徴ある住宅の様式です。
街の一般的な住宅と、郊外の農場にある屋敷の間で違いはありますが、主な特徴として以下のようなものがあります。

ケープダッチ様式

・白い壁(ボ・カープではいろいろな色に塗り替えられていますが)

・建物の前のストープ(平らなスペース:日本ではテラスと呼ばれています)。ストープの端に家族や訪問者とくつろげるよう椅子状の段差が作られていることもあります。

・縦長の大きい窓枠と小さなガラス板を格子状に並べた窓。下半分に木製の外開きの雨戸がついていることがあります。ガラスは当時ヨーロッパから持ち込んでいました。

・窓枠やドアなどの細部を緑色にしている。(壁の色同様、ボ・カープでは白色に塗り替えられているところが多いです)

・入口ドアは左右両開きのドアと、上下2つに分割されたドアの2種類があります。ドアの上には明り取りの窓があります。(ボ・カープ博物館は上下に分割されたドアがついています)

ケープダッチ様式 ドア

街の住宅にはありませんが、郊外の屋敷には、入り口の上に大きな切妻屋根があります。

ケープダッチ様式の屋敷 Groot Constantia ケープダッチ様式の入口

・街の住宅の屋根は平らでクジラの油と糖蜜を混ぜたもので防水加工していました。一方、郊外の屋敷は日本のかやぶき屋根のような屋根をしています。

********************
◆ボ・カープ博物館(Bo-Kaap Museum) 基本情報(2020年9月現在)

●閉館日: 日曜日、1月2日、Worker's Day(5月1日)、クリスマス(12月25日)、Eid-ul-Fitr(イスラム教ラマダン明けの祝日)、 Eid-ul-Adha(イスラム教犠牲祭)
●開館時間: 9:00-16:00
●入館料: 20ランド(大人)、10ランド(17~6歳)、5ランド(5歳以下)
●トイレ: 館内にあります。
●Webサイト: http://www.iziko.org.za/museums/bo-kaap-museum
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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ③
<ボ・カープ 基本情報>

◆安全

ボ・カープ周辺はホームレスが多いのと、犯罪(強盗)の多い地域です。
過去に日本人が拳銃を持った強盗に遭遇してカバンを取られた事件がありました。
私もこの周辺で人に絡まれ嫌な思いをしたことが何度もあります。

歩いて家並みを見る際は、周りに十分注意してください。
特に日没後に歩くことはやめてください。

車の往来も多いので、家並みの写真を撮るとき、車にも気を付けてください。
ここは観光ガイドと一緒に行かれたほうがいいです。

また、イスラム教の行事がある日は、人がたくさん集まり混雑することもあるので、事前に確認されたほうがいいです。

◆行き方

●タクシー(ドライバ付き車両)

カンパニーズガーデンの回にも書きましたが、市内中心のホテルからでしたら、タクシーかドライバ付きの車両をチャーターして行くのがいいです。
できればドライバ付きの車両を一日頼んで、他の観光地含めて市内観光されてはいかがでしょうか。

●車(レンタカー)

ボ・カープ地域は、居住者や近隣店舗の車がたくさん路上駐車していて、いつも駐車できる空きスペースがありません。
また、この辺りは駐車していいスペースがはっきり表示されていないので、慣れないとどこに駐車していいかもわかりません。

できれば、市内を観光するときは、車(レンタカー)で回るのは避けたほうがいいです。
駐車を誘導してくれる人(チップを要求する)もいますが、本来駐車禁止の場所にも誘導することがあるので、駐車していいところかよく見て駐車してください。

●Mycitiバス

この地域には、Mycitiバスは通っていません。
最寄りの停留所はLoop Streetの Leeuwen 1 か Church 1 という停留所ですが、停留所から歩いて5,6分かかります。

停留所との間でも、人が近づいてきて絡まれることが多いです。
Mycitiバスを利用してボ・カープに行くことはできれば避けたほうがいいです。

Bo-Kaap周辺地図
(引用 ※01)


引用元:
アイキャッチ google map
※01 Bing Map




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ②
◆ケープとイスラム教

●シェイク・ユースフ

ケープに最初に入植したのは、オランダの東インド会社でした。ですから彼らの多くはプロテスタント(オランダ改革派教会)でした。
現在のケープにはいろいろな宗教徒がいますが、プロテスタントが一番多いです。

ケープでイスラム教が広まったのは、シェイク・ユースフ(Sheikh Yusuf)という人がケープに連れてこられたことがきっかけでした。
シェイク・ユースフは1626年にインドネシア・スラウェシ島のマカッサル(Makassar)で生まれました。
1644年、彼はメッカに巡礼し、アラビアでイスラム教を学びました。
その後、生まれ故郷に戻ろうとしましたが、オランダ東インド会社に占領されていたため、ジャワ島のバンテン王国に身を寄せました。

シェイク・ユースフの切手
(引用 ※03)

時代が流れ、バタビア(今のジャカルタ:バンテンの隣)に拠点を置いたオランダ東インド会社と争いが起き、シェイク・ユースフは捕らえられてしまいました。(1684年)
初めはバタビアのオランダ東インド会社の城で投獄されていましたが、のちにセイロン(スリランカ)、最終的にケープに追放されました。(1694年)

ケープには家族と従者含めて49名が連れてこられ、ザントフリット(Zandvliet:現在のMakassar)という地区に収容されました。

ザントフリットはケープの中心からは離れていましたが、奴隷たちが聞きつけ、脱走した奴隷たちの避難所になり、またイスラム教のメッセージがここからケープの奴隷コミュニティに伝えられていきました。

シェイク・ユースフは1699年にザントフリットで亡くなり、そこでイスラム教の聖人として埋葬されクラマット(Kramat)が建てられました。
また、ザントフリット(Zandvliet)という地名は、彼の生まれ故郷であるマカッサル(Makassar)という地名に変わりました。

※ クラマット(Kramat)は、イスラム教の聖人を祭る墓で、日本で言うと実在した天皇や武将を祭った神社のようなところです。
※ マカッサル(Makassar)のクラマットを訪問する場合は、専門のツアーに参加してください。個人での訪問は避けたほうがいいです。

●トゥアン・グル

1780年、インドネシアのティドレ島の王子であり、イスラム教聖職者だったアブドラ・カディ・アブドゥス・サラーム(Abdullah Kadi Abdus Salaam)が政治犯としてケープに追放され、ロベン島に投獄されました。

刑期を終えてロベン島から解放された彼は、ケープに残りイスラム教学校を開こうと考えていました。
彼はボ・カープ地区の当時倉庫だった場所(現在のオーワルモスク:Auwal Mosque)を借り上げ、宗教学校を設立しました。
また、ケープに連れてこられた際、コーラン(イスラム教の聖典)などの書物の所持を許されなかったため、ロベン島に投獄されていた間に記憶を頼りにコーランやイスラム法などの本を書き起こしていました。

その当時はオランダ東インド会社が統治していてイスラム教は認められていませんでしたが、彼らの働きによって認められ、そこでイスラム教の教えやアラビア語の読み書きを教えました。
(彼は、Tuan Guru:トゥアン先生と呼ばれていました)

彼の活動によって、奴隷や奴隷から解放された黒人たちにもイスラム教が広がり、ボ・カープ地区にイスラム教徒が増えていきました。

Auwal Mosque _ Bo-Kaap

1795年からの最初のイギリスのケープ占領時代に、イスラム教に対してより寛容になり、モスク(イスラム教の礼拝堂)の建設許可が得られ、宗教学校として使われていた倉庫が改装され、ケープの最初のモスク(オーワルモスク:Auwal Mosque)が誕生しました。
このオーワルモスク(Auwal Mosque)を中心に、ボ・カープ地区は大きなイスラム教徒コミュニティができました。

今でもアブドラ・カディ・アブドゥス・サラームが記憶で書き起こしたと言われるコーランがこのオーワルモスク(Auwal Mosque)に保管されています。

また、彼を祭ったクラマット(Kramat)がボ・カープ地区にあります。
ボ・カープ地区には現在、7つのモスクがあります。

Tana Baru墓地 _ Bo-Kaap
(クラマットのある墓地)


引用元:
※03 ALJAAMIAH ACADEMY




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | コメント(0)
ボ・カープ(Bo-Kaap)地区 ①
Bo-Kaapはアフリカーンス語で「岬の上」という意味。
ケープタウンの中心地にあり、シグナルヒルの東斜面に位置する地域です。
ここはカラフルな色の家が並ぶ地域で、必ずといっていいほど観光案内や写真集に写真が使われます。

撮影ポイント 1 _ Bo-Kaap

現在のケープタウンの様子
(引用 ※01)

この地域の住宅がカラフルに色付けされるようになったいきさつ(説)はいくつかありますが、奴隷として連れてこられた人々がこの地域に住み、その人たちがイスラム教徒であった(入信した)ことが鍵のようです。


◆なぜ、この地域に奴隷たちが住んでいたのか?

1760年代のケープタウンの様子
(引用 ※02)

1760年、ヤン・デ・ワール(Jan de Waal)という白人が、現在のボ・カープ地区を買い取ってワイン農場を始めました。
彼の農場には、彼の家族が住む家と、そこで働く奴隷たちを住まわせるために小さな家をいくつも建てました。
その一つが現在この地区にあるボ・カープ博物館と言われています。

1780年以降この地域の開発が進み、住居が増えてヨーロッパからの移民が住み始めました。
1834年の奴隷制度廃止以降、ここに住んでいた白人系移民がケープ郊外に移住し、空き屋になった家に解放された奴隷たちが住み始めました。
ヤン・デ・ワールが亡くなって以降、彼の家族もステレンボッシュ(Stellenbosch)に移住し、現在もそこで彼の子孫がワイン農場を営んでいます。


◆なぜ住宅の壁をカラフルな色を塗っているのか?

●説① 奴隷解放

1806年にイギリスが2度目の占領をした後、1833年にイギリス本国で奴隷制度廃止法が成立し、翌年にケープでも奴隷たちが解放されました。
解放された奴隷たちは、その喜びを込めて、壁の色を思い思いの色に塗り替えたという説があります。
(それまで奴隷たちが住んでいたのは、壁が白いケープダッチ様式の家屋でした)

●説② イード・アル・フィトル(Eid ul-Fitr)

ボ・カープ地区にはイスラム教徒が多く住んでいましたが、イスラム教の行事の中で、ラマダン明けを祝うイード・アルー・フィトル(Eid ul-Fitr)というお祭りがあります。
このお祭りでは、家を飾り付け、新調した衣装を着て集会場に出向いたり、親戚友人を訪問したり、豪華な食事を用意してもてなします。
その「家を飾る」代わりとして壁にカラフルな色を塗ったという説もあります。


◆ケープにおける奴隷

オランダ東インド会社がケープを食料補給基地として以来、同じく植民地だった東南アジア島しょ部(マレー半島、インドネシアなど)、インド、マダガスカル、モザンビーク、東アフリカからアジア人や黒人が労働力として連れてこられました。
オランダ東インド会社が東アジアを植民地化した際、統治の脅威になるとして、追放する目的でケープに連れてこられた統治反対派や宗教指導者(特にイスラム教)なども多かったそうです。

◆ケープ・マーレー

ケープでケープ・マーレー(Cape Marley)または単にマーレー(Marley)と呼ばれている名前は、初めはオランダ東インド会社が植民地化した東南アジア島しょ部から奴隷として連れてこられた人々(マーレー語を話す人々)を指していましたが、イスラム教徒が多かったことと、のちにその他の地域から連れてこられた奴隷たちもイスラム教に入信し同じグループにまとめられたため、イスラム教徒のコミュニティー・文化を示すようになりました。

東南アジア島しょ部から連れてこられた人たちの中には、服の仕立て屋、靴屋、石工、銀細工師などの技能を持った職人も多く含まれていたそうです。

ボ・カープ地区には多くのマーレー人(イスラム教徒)が住んでいたため、アパルトヘイト制度の一つであるグループエリア法(1950年)では、ボ・カープ地区はマーレー人(イスラム教徒)の居住地として割り当てられました。

一見華やかな場所ですが、虐げられてきた人たちの歴史を持つ地域です。



引用元:
※01 Bing Map
※02 Cape Town Book(Struik Travel & Heritage) 第1版




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ボ・カープ地区 | 17:00:00 | コメント(0)
ウェストコースト国立公園に行くとき
West Coast National Parkまで花畑を見に行くには、ドライバ付きの車両を利用するか、レンタカーを借りて行くことになります。

ドライバ付きの車両の場合、周りの景色を楽しみながら行けますが、自ら運転して行く場合は脇見せず事故を起こさないよう運転に集中して行ってください。

West Coast National Parkへは距離があるので、丸々一日使うつもりで時間と心にゆとりを持ちながら慌てず行きましょう。

◆旅程

ケープタウンからの経路
(引用 ※01)

West Coast National Parkへは、市内中心からルート27(West Coast Road)を100kmほど北上すると入口ゲート(料金所)に到着します。
花畑のあるPostbergエリアは、入口ゲートから公園内をさらに30kmほど走ります。
途中、お茶/トイレ休憩を含めると、市内から公園入口まで片道1時間半から2時間程度、公園入口からPostberg入口まで30分程度みて予定を立ててください。

ルート27は、郊外に出ると真っすぐな道が続き、いかにも大陸的な雰囲気のする道路です。
真っすぐですが、日本の高速道路のように対向車との間に中央分離帯がないのと、たまに追い越しのため対向車がはみ出してくることもあるので、自ら運転する場合は気を付けて運転してください。スピードも抑えて走りましょう。

スピードを出して追いついてくる車もあるので、見通しのいいところで先に行かせてあげてください。(左のウィンカーを出して路肩に寄り、追い越しできるスペースを作ってあげる)


公園内に入ると制限速度が低かったり、景色や動物を見るために道路上で一時停止している車もいて、運転にはいっそう注意が必要です。ドライバは、周りの景色に見とれず、前方に集中して運転してください。(動物が道路を横切っているのを見つけたら、必ず停止して待ってあげてください)

◆食事(昼食)

花畑を見に行くときの悩みの一つが食事。

公園に入るのに入場料を支払うので何度も出入りしたくないのと、敷地が広く公園内を移動するだけでも時間がかかるので、どこで食事をするか決めてから花畑を見て回る時間を決めています。

午前中にPostbergを見て回って遅めの食事をするか、早めの食事をしたあと午後にPostbergを見て回ることもできますが、私はサンドイッチなどを持って行って花畑周辺で食べることをお勧めします。

花は朝や夕方(陽が当たって暖かくなる前や陽が傾いて気温が下がり始めた後)は閉じてしまうので、お昼前後がきれいに見える時間帯です。その時間帯にたくさん見て回れるようにするといいです。

公園内のレストランに行って食事することもできますが、Postbergから往復50kmくらいあるので、時間がもったいないです。

Postbergエリア内では、海を眺められる Plankiesbaai Picnic Area か、サルダニア湾(Saldanha Bay)やLangebaanの町を眺められる Uitkyk Picnic Area でピクニックランチをされている方が多いです。(トイレもありますし)

あと、出かける際、飲料水も多めに持って行ってください。

◆トイレ

外に出かけていつも困るのが、トイレの場所。
日本のようにパーキングエリアやトイレの使えるコンビニが一定間隔にあるわけではないので、行きたくなっても簡単には見つかりません。

いつどこでトイレに行きたくなるかわからないですから、いざという時に慌てないよう、どこでトイレが借りれるか出発前に確認しておきましょう。(英語でも Nature calls me.と言いますし)

ちなみに、南アフリカではトイレのことを「Toilet」と呼んでます。
英語の本では「Bathroom」とか「Restroom」って言うと書かれていますが、南アフリカでは{Toilet」って普通に呼んでいるので、日本語感覚で言って構いません。

トイレの標識 2020年9月

公園内には5か所(Postbergエリア内は2ヶ所)、公園到着前に3か所あります。

●国立公園内

West Coast NP 料金所でもらえる地図
(引用 ※02)

上の地図は、公園入口で料金を支払うともらえる地図です。
Postbergへ向かう際は、Preekstoelというところが利用しやすいです。
公園内の5か所のトイレは水が使えます。(手は洗えますが、飲まないほうがいいです)


●国立公園までの道中で利用できるところ

トイレのある場所
(引用 ※03)

Beulah Farm Deli
市内から走ると、ルート27とルート315の交差点の前にあります。
ルート27を走っていて、右側に風力発電用の大きな風車が見えてくると交差点に近づいている合図です。
道路上(頭上)にスピードカメラを見つけたら、そのすぐ裏(道路左側)に入口があります。
スピードカメラの標識で見えづらいのと、車一台分の未舗装の小道なので、利用する場合はスピードカメラを見つけたら左のウィンカーを出して減速してください。

Beulah Farm Deli 看板 2020年9月

敷地の入口にはこんな看板が立ってます。

ここはトイレが比較的きれいなのと、建物の外にあるので気持ち的に利用しやすいです。

West Coast Farm Stall
ルート315との交差点をYzerfontein(アイゼルフォンテイン)方向に曲がったすぐのところにあります。(ルート27からも見えます)

Farm Stall(田舎の雑貨屋みたいなところ)なので、入りやすい場所です。
トイレは食堂の中にあります。

Vygevallei Farm Stall
ルート27の陸側にあるので、公園からケープタウンに戻る際に入りやすいところです。
「PUMA」という名前のガソリンスタンドが目印です。
ガソリンスタンドの裏手にトイレがあります。

Route27 Roosterkoek Menu 2020年9月

ここではRoosterkoekという炭火で焼いたパンにチーズやミンチカレー、スクランブルエッグなどを挟んだものが食べられます。(Roosterkoekはアフリカーンス語でトーストしたケーキという意味)

Roosterkoek Special 2020年9月

私が食べたものはSpecialメニューでサイズが大きいものでした。



いずれの場所でもトイレを借りたら、コーヒーを飲んだり何か買って、少しはお金を落としていきましょうね。


引用元:
※01 google map
※02 West Coast National Park Visitor’s Map
※03 google map




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West Coast National Park | 17:00:00 | コメント(0)
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